上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
『のぼってゆく坂の上の青い天にもし一朶の白い雲が輝いているとすれば、
 それのみをみつめて坂をのぼってゆくであろう。』


見てますか?
もちろん見てますよ「坂の上の雲」。
松山人としては、見ずにはおれまい(^^;
この一文をナレーションで聞く度に、ジーンとしている。

丁寧に作りこんでいて嬉しい限りだ。
昔の松山ってこんな感じだったのかなあと想像しながら毎週楽しみにしている。
番組が始まる時にうつる松山城やのんびりした松山弁に喜んでいる。

「~ぞな」は今も年配の方はバリバリ使う。
「なもし」は絶対言わん。使うとしたらワザとだろう。
「だんだん(ありがとう)」は、ウチの親世代が子供だった頃は使っている人もいたらしいが、
今は誰も言わない。

多少TV的にわかりやすくしているが、
俳優さん達の松山弁は、概ねあんな感じでうまいなあと思う。


しかし、私は恥ずかしながら大学生になるまで、
「正岡子規」は知ってても、「秋山兄弟」は知らなかった。
地元なのに!

松山の小学校は、俳句教育にとても熱心で、
正岡子規については、生い立ちはもちろん俳句作りも教えこまれる。
しかし、「秋山兄弟」は軍人で戦争を連想させるからか、
当時は地元でもあまり取り上げられなかった。
親から「梅津寺の丘の上にある銅像は、昔の偉い軍人さん」と
話のついでに聞かされる程度だった。

今はどうなんでしょうね。
これだけ観光資源になっているから、少しは史実も教えているのかしらん。

秋山兄弟を知ったのは大学生の頃。
司馬遼太郎さんが、我が松山を題材にした小説を書いているというので知った。
それも新聞小説でかなり壮大な内容。

これは、松山人としては読んでおかねばなりませぬ。

とりあえず第1巻を買ってきて読み始めたがしかし、本好きな割に途中で挫折してしまった。
坂雲は当時の私には難しかったのねー。

司馬遼太郎さんの本は、「竜馬がゆく」「燃えよ剣」は読んだ。
これはおもしろかった!
でも、知ったかぶって語れるほど読んではないから、誤解をまねきそうだが、
坂雲は、何となく男の人が好きな内容かもなあと漠然と思った。

それから月日が流れるが(←司馬さん口調みたいだ!)
今、坂雲のドラマを見て、あまりのおもしろさにすっかりハマってしまった。
そしてふと(そういや1巻だけ持ってたや)と思い出し、久々に本棚から取り出した。

(でも、一回挫折したんだよなー)と思いつつページをめくると・・・、

こ、これはっ!!!!

な、な、何ておもしろいんじゃーーーー!!!

と、目からうろことコンタクトがばっさばっさ落ちた。
こんなおもしろい素晴らしい小説を、何であの時挫折したんだろう、
大学生の私ってほんっとバカ!
バカバカバカぽかぽかぽか!!
・・・とまあ、昔の自分をぽかぽかしたくなる程おもしろかった!

小説に対する視点が変わったのかなあ。
それとも、当時は私も小説の彼らと同世代の若者だったから、ピンとこなかったのかなあ。
小説の中の秋山兄弟と子規は、生き生きとし躍動感にあふれている。
私が小学校で習った子規は、横顔の写真が寂しげで
陰鬱で病気で苦しみぬいた薄幸な文学者というイメージしかない。
だから、坂雲を読んで子規の性格の明るさにびっくりした。

しかし・・・1巻しかない。
図書館で借りようとしたが、案の定見事なまでに貸出中で予約中だった。
やっぱりなあ。
しばらく待つかあーー。
(買えよ自分!)

こう書きながら思い出したが、
一昨年、親戚の子供を梅津寺パークに遊びに連れて行った時の事だ。

親戚の子が「この前、遠足で来たんだよ!」と秋山兄弟の銅像へ案内してくれたことを思い出したわ。
やっぱり、一応小学校でも教えるんだね。

でも、嬉々として案内してくれたのはいいが、はしゃぎ過ぎて坂道ですっころび、
流血の惨事で大騒ぎになったことのほうが印象深いのであった、まる(^^;




スポンサーサイト
Secret

TrackBackURL
→http://parahimeko.blog71.fc2.com/tb.php/228-e45de926
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。