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うん10うん年前、私は、
東京の、内幸町の、とある外資系企業に出向で勤めていたことがある。

内幸町(うちさいわいちょう)は、
皇居に程近く、東京でも超一等地。

そんな一等地、しかも外資系企業に、四国からぽんっと出てきた田舎娘が働くんですぜ。
それはそれは、毎日目からウロコとコンタクトがばっさばっさ落ちる日々だった。

鼻の高いエリートばかりの職場かと、最初はビクビクしながら勤め始めたが、
何の何の皆さんとても親切で、田舎から来た私を可愛がってくださった。

外資系企業だから、もちろん駐在している外国人社員も多かった。

同じフロアのアメリカ人のおじさん社員 への電話を取り継ぐことが多かったからか、仲良くなってよく話していた(もちろん日本語で!)。
おじさんと書いたが、振り返れば今の私より若かったかも。
あはあは(^◇^;

若かり頃に印象深い体験をしたおかげか、内幸町は今もとても懐かしい場所だ。

今は愛媛に帰り、内幸町も、最寄り駅だった有楽町も、遠い街となってしまった。
観光地でもないビジネス街だから、
もうよほどの事がない限り、行くことはないだろうなと思っていた。

しかし、神サマは時として「よほどな事」をもたらし、粋な計らいをもたらしてくださる。


ただ今、何だか流浪の職業婦人の私だが、
その流浪の職業のおかげで、今年は東日本方面へ仕事で出向く機会があった。
(流浪ですが、決して怪しい職業ではございませぬ)。

決死の覚悟で大嫌いな飛行機に乗り、東京で新幹線に乗り換えだったが、
チケットのタイミングで二時間程思わぬ隙間時間が生じてしまった。

二時間どうしよう。
観光する程時間もないし、夕方だし。

そこで、私はピンときた。

東京駅から有楽町は一駅。
そうだ、懐かしい内幸町に行こう!

当時はもちろん無かった、田舎者には慣れないスイカをゲットし、
うん10うん年ぶりに有楽町駅に降り立った。

さて、有楽町。
期待はしてなかったけど、
やはり有楽町界隈はとても様子が変わっていた。

東京五輪に向けてか、色々な工事があちこち行なわれていた。

一等地と言えども比較的ゆったりしていた街並みは、
とても窮屈な感じに変わっていた。

一抹の寂しさを覚えつつ、日比谷公園方面へ進む私。。。

すると何と何と!

私が毎日通っていたあのガラス張りのビルや帝国ホテル、日比谷公園周辺は、
全く変わっていなかった。

スタバが出来てスペースは狭くなっていたけど、入り口付近の広いエントランス、
帝国ホテルのゆったりしたロビー、
ゆったりした車寄せ、
日比谷公園入り口の日比谷花壇、
入ってすぐにある大きな噴水、
広々とした景色、
よく通った日比谷図書館。。。

全く変わっていなかったのだ!

そんな他の人には何でもないであろう光景が、
私にはもう、涙が出そうなくらい嬉しくて懐かしくて、
あの若かりし青春時代(!?)の自分に思いを馳せた。

あの頃・・・、
友達はもちろん、知り合いすらいない都会で、
若かった私は必死で生活していた。
本当に頑張っていた。

田舎者だと悟られたくなくて、
方言を絶対に悟られたくなくて、
関西方面のイントネーションを必死で気をつけていた。
ヘンテコな意地で、今思えばとてもバカバカしいけども若かったんだなあ。

その必死だったあの頃、
本当に頑張っていたあの頃、
うん10うん年経って、また同じ地に立つことが出来るなんて・・・、
とても感慨深かった。

そして、この思いがけないひとときをもたらしてくれた出張に感謝した。

そしてそこには、今は方言を隠すどころか、所構わず堂々と伊予弁を話す私がいた。
たとえ銀座の一等地でも堂々と方言丸出しでしゃべり、
むしろ田舎者をわざとなくらいに押し出してますワタシ~。



私は、
私の意思とはうらはらに、
あの頃から会社も職業も変わり、
どこに向かっているのかわからない日々を送っている。

全く、不安定感極まりない。


ただ、ひとつだけ言えるのは、
自ら辞めたり逃げだしたりはせず、
ただ流れに身を任せてきたからの今の日々。

向こうからやってきた仕事、タイミング。
「あ、面白そう」、「あ、やってみたいな」
そんな感覚だった。

しかし、
だからこそ、
この経験が出来た不思議さ。

今ここに、
今就いている仕事の隙間時間だけど、
偶然にもこの懐かしい場所に降りたつことが出来たのは、
やはり何か意味があるのかもしれない。
観光なら、私の意思さえあれば、いつでも来ることが出来るのだから。


さて、久しぶりの日比谷公園、
今は、ポケモンGOのメッカらしく、
ケータイ片手に彷徨う人々が多かった。

あの頃はケータイなど、あるにあるもののまだまだ庶民には高嶺の花だった。
現在の情報社会からは考えられないだろう。

けれども、不便なようだけど何とかなるもので、
あの頃はそれなりに幸せだったのかもね。

しかし、やはり現代社会を生きる私は科学の子。
スマホで自撮りした画像を、ラインで各方面に知らせたのでありました。

ビバ!東京!
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