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最近、世の中も私事も気の滅入るような出来事が多いなあと。

ニュースを見れば、天災人災のオンパレードで、見るのも辛くなり、スイッチを切ってしまう。
で、「水曜どうでしょう」のDVDを見てアホになってるか、本ばっかり読んでいる。

しかし、その本ちゅーのが、犯罪者心理学とか裁判レポ物とか、もっと気が滅入るものばかり。
何読んでんだかワタシ(^^;

今読んでるのは、とある少年犯罪に関することで、
神戸や山口や九州で起きた有名な少年犯罪ではないが、
その事件も本当に身震いするくらい残忍な内容だった。

何でどうしてこんな冷酷・残忍・身勝手な行動に出られるのだろう。
その心理が理解できない。
色んな側面からこの事件を引き起こすに至った過程を読めたらと思い、資料を探したが、
思ったよりもあまりない。
少年犯罪でも異例の極刑判決が出ているのだが意外だなあ。

事件の内容は、あまりにも残虐、凄惨さにハラワタが煮えくりかえり、気分が悪くなるので書けない。
被害者の方の恐怖、無念を思うと、その心情は察するに余りある。
少年犯罪とはいえ極刑は妥当だったのだろう。

私だって、もし大切な家族が被害にあったら、大金をはらってでもゴルゴ13と必殺仕事人を雇う。

この元少年で、現在死刑囚の被疑者は、育った環境を考慮すると、
歪んだ性質になった事情も多少理解できるが、
だからといって、こんな事件を起こしても仕方ないということは決してない。

当時は全く反省なく、以前起きた少年犯罪の判決から
何年か少年院に入ってるものだろう、と軽く考えていたらしい。
しかし、少年に出た判決は極刑という重刑だった。

この判決で被疑者は心の底から反省し、後悔し、涙を流し、
日々被害者の冥福を祈って過ごしていて欲しいが、
実際はどうなのか部外者では知りえない。
この被疑者の、うわべだけでない心からの反省の弁を聞いてみたい。

しかし最近になって、再審請求をしたらしい記事を読んだ。
今の法相になって執行数が増えたため、再審請求という執行延ばしの作戦だろうなと思う。

 (何を今更再審じゃー!やっぱ反省してねーじゃんコイツ!
  腕のいい弁護士がついてんだろ!うりゃ!)

・・・等々口汚く思ったりしたが、万が一億が一冤罪かもしれない。
(イヤ、あの状況では絶対そんなこたないが)
法のことはよくわからないので、やっぱり部外者にはさっぱりだ。

ただ、再審で遺族の方が再び辛い苦しい思いをされないことを願う。

ん~~長くなるので一旦畳みます。
つい先ごろ執行があった元死刑囚Mの事件で、
死刑制度についてマスコミ周辺は賑やかになり、またまたワタシはハタと考え込む。

このMは、全くもって反省心のないまま、まるで他人事のように自分の刑を受け止めていたようだ。
どこかの記事で、
「そんな人物の罪を執行したところで、ただMという人間を抹殺しただけ」
という文章を目にしたが、私もこの文には共感する。

長く収監されていたが、その間にもっと反省心を促すような教育というか、
一人の人間としての当たり前の感情を取り戻すような
何かカウンセリングはできなかったのかなあと思う。
遺族の方の望むことに、極刑もさることながら、
Mの心からの謝罪もあったのじゃないかなあと思うが・・・。

ここ最近、来年から始まる陪審員制度に興味があって、
事件やその後の裁判に関する記述本を読むが、それで感じたことがある。

事件の抑止力のために重い罪のその前に!
多少分別のつく年齢になったら、学校の授業等で、
凶悪事件や悪質な少年犯罪の裁判を傍聴させたら、一番強烈じゃないだろうかと思ったりした。
罪を犯したらこうなるんだよと、一番わかりやすいと思うけど・・・甘い考えかしらん。


昨日、仕事で外に出てたら、ビッグスクーターに乗ったいかにもな兄チャンが
とある営業車にからんでいた。
「ウインカー出さんかいっ!おりゃ!」
と凄んで走り去ったアンタは、ウインカー出さずに車線変更して行った。

営業車の人は気の毒だったが、まあウインカーを出さなかった危険運転は仕方ない。
しかし、兄チャンも本末転倒だよなあ~、
自分のことしか考えてないのだな~とその光景を眺めていた。

これで、もし営業車の人が逆上し、大喧嘩になったり、そのスクーターを轢いたりして、
傷害事件なんて事件も起こるかもしれないよ。

また、すごいスピードで走り去るその前に、車や人が飛び出して大事故を起こすかもしれないよ。
そんなことが自分には絶対起きないという不思議な確信があるのだろうが・・・。

そうなった時、やはり裁判ですよ。

だから、感情に赴くままの行動を抑制するために、
こうなったらこうなるという事例を見ておくのは、生きる上で参考になると思うが・・・ダメかな。


しかし、来年からの陪審員制度、
大学の授業で法学と民法をちょこっと受けたくらいの、
こんな法の片鱗もかじっていないような自分が、もし陪審員に選ばれたらどうしようと思う。
選ばれたら、そりゃ真摯に受け止めたいが、重大事件だったら辛いし、
個人感情をめちゃくちゃ交えそうだ。

また、もし何らかに事件に巻き込まれ、自分が逆に裁かれる立場になった時、
陪審員という素人達に参加されて裁かれるのはイヤだ。

人が人を裁く・・・実に重いことだと思う。

専門家でもないのに陪審員に選ばれるのは、本当はとても危険なことじゃないかと思うよ。

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